コスモの歴史 EPISODE 5 「ヒロシ社会人へ」
二代目の代表者「ヒロシ」の原点
二代目の代表者「ヒロシ」は、伸び伸びと、ある意味好き勝手に成長してきた。
大学時代は、一度も休むことなく通い、ほぼ皆勤。
クラブ活動が楽しく、学友会では1年間、クラブ・サークル担当も務めた。
就職活動は行わず、受験勉強もほとんどしないまま編入試験に挑戦したが、志望校には合格できなかった。
時代はバブル崩壊直後。
世の中全体が沈み、私自身も何をしたいのか分からず、完全に迷走していた。
就職する気にもなれず、始めたのがマクドナルドでのアルバイトだった。
卒業と、宙ぶらりんな時間
3月、大学を卒業。
必要単位を18単位以上も超えていた(学校が好きで、取りすぎていた)。
周囲は新卒採用の話で盛り上がり、社会人生活を楽しみにしている。
一方で、私は特に焦ることもなく、その輪の外にいた。
卒業式を終えた後、4月までは大学の友人たちと遊び、
夕方になるとマクドナルドで、深夜2時までアルバイトを続けた。
昼間は家でぼーっと過ごす日々。
さすがに暇になってきた3月末、父から声をかけられた。
「うちの仕事、手伝うか? 夜はバイトに行ってもええから。給料は15万でどうや?」
「分かった。手伝うわ」
深く考えることもなく、快諾した。
社会人としての最初の洗礼
初任給は現金だった。
封筒を開けると、中には10万円しか入っていない。
「あれ? 金額、違うで」
そう言うと、父はさらっとこう言った。
「5万は家賃やん。社会人になったら当たり前やで」
私はあまり気にしない性格だったので、
「そうなんや。分かった」で話は終わった。
4月の収入は、手取り10万円とバイト代6万円。
その全額で、当時流行していたタグ・ホイヤー
(アイルトン・セナモデル)の時計を買った。
働くこと、稼ぐこと
休みは日曜日だけ。
朝6時に起き、仕事は21時か22時まで。
そこから深夜2時までバイトを続ける生活。
お金を使う時間がなかったせいか、自然と貯金ができ、
当時新車で299万円だった三菱GTOを購入した。
車を改造し、
金曜日は木屋町へ、土曜日は湾岸へ出かけるようになった。
そんな生活の中で、少しずつ思うようになる。
「もっとお金が必要だ」
仕事と向き合い始めた瞬間
どうすれば、父は給料を上げてくれるのか。
父に聞くと、返ってきたのは一言だけだった。
「仕事ができるようになればええんや」
父は営業、私は現場。
ならばまず、現場の仕事を完璧にする。
それを目標に決めた。
1年かけて、保守作業と工事を一通りできるようになり、
誤作動対応をすべて一人で担当した。
1年間、逃げずに向き合ったことで、
「なぜ誤作動が起こるのか」を体で覚えた。
2年目には、
誤作動が起こる可能性をお客様に説明できるようになり、
「自分でも営業ができる」と自信が持てるようになった。
人を雇うという決断
23歳の春。
仕事とバイトを両立しながら、現場はさらに忙しくなっていた。
自分を指名してくださるお客様も増え、
一人では限界を感じ始めていた。
父に「人を雇わないのか?」と聞いても、
「景気も悪いし、家族でやる零細企業には誰も来ない」
後から聞いた話だが、
独立当初に雇った人たちが全員辞めた経験もあり、
父には人を雇うことへの抵抗があったようだ。
そこで私は言った。
「俺が探してみる」
そして、バイト先で、どこか“同じ匂い”のする同級生が、
一緒に働いてくれることになった。
それが、
ヒロシが人生で初めて「人を雇った」瞬間だった。